大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)48号 判決

上告人

三浦一雄

右訴訟代理人弁護士

斉藤修

被上告人

熊本県選挙管理委員会

右代表者委員長

舞田邦彦

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人斉藤修の上告理由について

公職選挙法一〇四条の引用する地方自治法一四二条が、普通地方公共団体の長につき当該普通地方公共団体等に対する請負関係に関与することを禁止しているのは、長を右のような営利的関係を有する立場から隔離し、もつて長の職務執行の公正、適正を確保しようとするものである。そして、右地方自治法一四二条は、長の職務執行の公正、適正を損なうおそれのある営利的関係のうちでそのおそれが類型的に高いと認められるものを規制の対象としていることは、規定上明らかである。同条において、請負人が個人の場合は、当該普通地方公共団体等に対する請負の重要度にかかわりなく請負関係に立つことを禁止しているのに対し、請負人が法人の場合には、当該普通地方公共団体等に対する請負を主とする法人に限つて規制の対象としているのも、後者の場合は、一般に長たる個人の請負関係への関与が間接的になるので、当該法人にとつて当該普通地方公共団体等に対する請負の重要度が右の程度に至つて初めて、長の職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いと認められることになるからにほかならない。このようにみると、同条にいう「主として同一の行為をする法人」とは、当該普通地方公共団体等に対する請負が当該法人の業務の主要部分を占め、当該請負の重要度が長の職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度に至つている場合の当該法人を指すものと解すべきである。そして、右の規定の意義に照らせば、当該普通地方公共団体等に対する請負量が当該法人の全体の業務量の半分を超える場合は、そのこと自体において、当該法人は「主として同一の行為をする法人」に当たるものというべきであるが、右請負量が当該法人の全体の業務量の半分を超えない場合であつても、当該請負が当該法人の業務の主要部分を占め、その重要度が長の職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度にまで至つているような事情があるときは、当該法人は「主として同一の行為をする法人」に当たるといいうるのである。

原審の適法に確定したところによれば、昭和六〇年九月一五日に行われた本件五木村村長選挙の当選人西村久徳は、当時五木村森林組合の組合長たる理事の職にあつたところ、同組合は、五木村との間で、従来から造林委託契約、苗木等売買契約、集団間伐実施事業委託契約及び山口入会林野整備事業施行委託契約を締結してきており、その昭和五六年度から昭和六〇年度までの年度ごとの契約金額は、約八八〇〇万円ないし約一億九〇〇万円で、同組合の年間事業収入金額の23.42パーセントないし28.01パーセント、平均で25.21パーセントを占めているというのであるが、同組合の五木村に対する右の請負関係をみると、当該請負が同組合の業務の主要部分を占め、その重要度が五木村村長の職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度にまで至つていると断ずることはできないから、本件の場合に五木村森林組合は地方自治法一四二条にいう「主として同一の行為をする法人」に当たらないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長島敦 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

上告代理人斉藤修の上告理由

一、原判決には地方自治法一四二条の解釈を誤った違法がある。

すなわち、原判決は、その理由第二項2において、地方自治法一四二条にいう「主として同一の行為をする法人」の意義について『「主として」なる文言が用いられている以上、通常の用語例からして当該法人にとって当該地方公共団体に対する請負が単に重要な取引であるというだけでなく、主要な取引である場合、つまりその請負額が少なくとも当該法人の全事業収入額の過半を占める場合をいうものと解するのが相当』とした上で、本件で当選の効力が問題となっている熊本県球磨郡五木村村長選挙の執行時の年度を含む過去五年間における右五木村と五木村森林組合(以下本件組合という)との間の契約金額(請負額)が、本件組合の総事業収入額に占める割合は単年度で過半を占めることはなく、平均25.21%に過ぎなかったから、本件選挙執行当時本件組合は五木村に対する関係において地方自治法一四二条にいう「主として同一の行為をする法人」いわゆる兼業禁止法人には該当しないと判示した。

しかし、原判決の右判示は、以下に述べるように地方自治法一四二条の解釈を誤った違法なものであり、その判決は取り消されるべきである。

二、そもそも憲法が地方自治制度を憲法上の重要な制度として位置付けたのは、次の理由からである。

すなわち、地方自治制度の存立基盤は、国政上のあらゆる権能を一点に集中するのは人権の保障上好ましいものではなく、住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもっているという社会的基盤を有している一定の地域に団体としての自治を認め、その団体の運営をその地域住民の意思に委ねれば、権力の分立を徹底し、憲法が理念とするところの人権保障、民主主義をより強固なものとすることができるというところにある。

地域住民の意思に沿った、地域住民のための政治を保障することによって、それぞれの地方公共団体は、その地域の社会的歴史的文化的な特性に根ざした政治を行い、国民のいっそうの福祉向上、人権保障を達成することが可能となったのである。

地方自治制度の趣旨が以上のようなものであるとすれば、地方自治法の各条の解釈についても、民主主義、人権保障の理念に沿い、かつ各地方公共団体の社会的歴史的文化的な特性が反映されるよう充分考慮して判断することが必要であり、そのことこそが「地方自治の本旨」に沿う解釈を可能とする。当然のことながら、憲法九二条の「地方自治の本旨」という原理は法律の制定のみならず、その解釈にも妥当するのである。

三、そこで、本件で問題となる地方自治法一四二条を考えてみるに、同条は地方公共団体と請負関係に立つ者、あるいはその関係に立つ法人において、その役員等にある者が、同時に地方公共団体の長となることになれば、地方公共団体の不利益の下に、その者ないしその者が役員たる法人の利益を計るなど、地方公共団体の運営が恣意に流れ、行政の公正な職務執行が妨げられ、行政の公正な運営を期待することが極めて困難となり、ひいては住民の利益を著しく害するおそれが生じるため、これを防止すべく規定されたものである。

したがつて、地方自治法一四二条の解釈は行政の公正な執行を確保するために、およそ行政の公正な運営を妨げるおそれのある場合を排除しようとするものであるから、むしろ広義に解釈すべきものであり、それがまさに「地方自治の本旨」に沿うものである。

それ故に、同条にいう「請負」の意義についても、民法上の概念より広く「地方公共団体に対し継続して物品を納入し、又は地方公共団体より事務処理の委任を受けてこれを執行する等、その内容として請負的要素を存する売買、又は委任(準委任)等の契約をも含む」というように広く解釈するのが学説・判例である。

とするならば、同条にいう「主として同一の行為をする法人」に該当するか否かも、行政の公正な運営が担保されるか否かという観点からより広く解釈すべきものである。

四、この点に関し、原判決は「主として」なる文言がある以上、請負額が少なくとも当該法人の全事業収入額の過半を占める場合をいうとしているが、これは狭きに失した解釈というべきで、二点において問題がある。

第一点は「主として」なる文言から、全事業収入額の過半すなわち五〇%なる数値を導き出している点である。

第二点は、「主として同一の行為をする法人」か否かの判断において、請負額が当該法人の全事業収入に占める割合をのみ唯一の基準にしている点である。

五、まず、第一点について述べる。

何故に「主として」なる文言が五〇%なる数値に直結するのであろうか。

五〇%という高率に達しなくとも、法人の代表者が地方公共団体の不利益の下に、自己の法人の利益を計り、当該地方公共団体の財政等を著しく害することは充分に考えられる。

また、現代社会において経済活動に占める法人の役割は重要で、現代社会の経済活動はほとんど法人によって担われているといっても過言ではない。

とすれば、このように高率の比率を要求するとすれば、本条の適用をうける法人は著しく減じられる結果、本条はほとんど空文化されるおそれが生じる。

しかも、個人事業については「年二回、定期的に市に文房具を年間売上の約一〇%を納入する場合」についても兼業禁止規定に違反する旨の実例がある(地方自治法九二条の二に関する昭和三一年一二月一九日自丙選発第八四号佐賀県選管あて自治庁選挙部長回答)。それにもかかわらず、これが法人となると五〇%を超えなければ兼職禁止規定に違反しないとすると、個人としては違反とされる部分が、法人であれば許されるという不均衡を生じさせる結果となる。これについては、法人の無限責任社員等は利害が間接的であり、かつ法律、定款、株主総会、取締役会等の制約を受けながら業務を遂行するのに対し、個人の場合は利害が直接的であり、自己の自由意思によって業務が遂行でき、不正がより介入しやすいことから、両者に区別があってもよいとの反論も考えられる。

しかし、利益が間接的であっても、結果的には代表者等の利益に帰結するのであるし、本条が対象とするのは、本来法人側に利益が帰着する場合であるから、利益帰属主体側の方の内部規制がそもそも機能しない場合と考えるのが妥当であり、反論の根拠は妥当性を欠く。

一歩さがって区別を肯定するとしても、個人の場合は一〇%、法人の場合は五〇%というこの大きな差を是認しうる根拠とはならない。

以上のことを勘案すれば、二五%程度を一応の目安とするのが妥当であろう。請負額が、当該法人の業務量の二五%にも達すれば、法人の代表者等にすれば、自己が長にある地方公共団体の不利益の下に法人の利益を計り、労せずして当該法人は容易に利潤をあげることが可能となり、この場合に地方自治法一四二条の適用しなければ、同条の趣旨は没却されることになるのは明白である。また、一般社会通念からみても、二五%にも達すれば住民が地方公共団体の長の行政の公正な運営に危惧を抱くのは予想しうるところである。

したがって、本件組合の昭和五六年度から、同六〇年度までの各年度の総事業収入金額及び五木村との間の契約金額は別表記載のとおり、年度毎の契約金額は本件組合の事業収入金額の23.42%ないし28.01%で、平均25.21%を占めているのであるから、本件組合は地方自治法一四二条の「主として同一の行為をする法人」に該当すると判断されるべきである。

六、次に第二点について述べる。

以上のように、請負額が当該法人の全業務量に占める割合が二五%に達すれば、地方自治法一四二条の「主として同一の行為をする法人」に該当すると考えるが、仮に二五%よりもっと高い比率が必要だとしても、請負額が当該法人の全業務量に占める割合如何ということが、同条の「主として同一の行為をする法人」か否かを判断する唯一の基準ではない。

確かに全事業収入に占める割合が何%であるかという点を判断基準とすることは法的安定性を確保することにはなろう。

しかし、地方自治制度は、前述のようにその地域の社会的歴史的文化的特性に着目して設けられた制度であるから、地方自治法の解釈にあたってそれぞれの地方公共団体の地域性、規模、自然的状況等の特性を全く無視するのは妥当とはいいがたい。

たとえば、当該法人の業務量の地方公共団体の請負関係費全体に占める割合等について従来無視されていたが、地域の特質を考慮するならば、同条の解釈においても充分に考慮されるべきである。

とするばらば、本件五木村の地域的特質に照らし、地方自治法一四二条の適用の基礎たる本件組合との関係をみるには、次の諸点を充分斟酌する必要がある。

1、本件五木村は、総面積のうち九六%が山林に占められた人口二、二九七人の山村であり、就業人口のうち林業就業者は二割を占める典型的な過疎村である(昭和六〇年国政調査)。

2、農村業を産業基盤とする五木村において、本件組合の地域に及ぼす影響は大きく、したがって本件組合の組合長の社会的影響力も大である。

3、村の一般会計予算において、本件組合との取引契約額は五%を超えており、本件組合との取引は予算規模の小さな五木村にとって、その財政基盤に重大な影響を及ぼす。

したがって、請負額が本件組合の総事業額のうち二五%以上を占め、かつ右諸点が認められることを総合して判断するならば、本件組合のような法人を地方自治法一四二条の「主として同一の行為をする法人」と言わずして、ほとんど同条の趣旨を達成することは不可能というべきである。

七、以上のことから、原判決は法律の解釈を誤った違法なものであって取り消されるべきである。

(添付別表―原判決添付と同一―省略)

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